割られよ、凍てついた王冠よ

かつて、周辺国家との利権を伴う軍事的衝突や搾取的な労働により、民衆から闇の時代と
称された小国ベリエルグの悲惨な歴史は、革命組織ウインドウォーカーズによって覆され、
一時は光の時代が訪れたかに見えた。

だが、その後急速に生み出された新基幹技術「マグナ」のエネルギーに対する依存は社会
の姿を大きく変え。人々は再び、マグナ粒子を採掘するための労働に従事し、支配者階層
である「不可知領域」がマグナ悪用防止のために敷設した、自動機械たちの監視のなかで
暮らしていた。弱者大衆たちは、現代のベリエルグを、影の時代と呼んでいた。

不可知領域に仕える精鋭部隊「七曜」のひとりであるイリヤは、採掘場から回収した収益
であるマグナ粒子のパッケージを丸ごと奪われてしまう。フラルと名乗った女はいったい
何者なのか。街中に見え隠れするウインドウォーカーズ再来の気配。長年従事した七曜と
しての大義と、日々の暮らしのなかでおのずと芽生えてきた彼自身の実存との板ばさみに
なりながらも、イリヤが選んだ結論とは……?

上位1%の支配者階層による支配を、99%の弱者大衆が打倒し、本当の幸せを得ること
はできるのだろうか。混迷した世界のなかで、光に向かって進んでいく人々の姿を描いた、
「反資本主義」の思想を題材にしたSFです。

「誰かが心から流したひと滴の悲しい涙のほうが、国や、歴史なんかより、何倍も重たいんだ」

小説:犬吠埼一介
挿絵:芳村拓哉

界隈で話題になっている、九作品の中編小説からなる「犬吠埼ナイン構想」という
サーガの五番目の章作品です。この作品から読み始めても問題なくお楽しみいただ
くことができます。

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★割られよ、凍てついた王冠よ

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上位1%の支配者階層による支配を、99%の弱者大衆が
打倒し、本当の幸せを得ることはできるのか。混迷した
世界のなかで、光に向かって進んでいく人々の姿を描いた、
アナキズムに満ちた革命譚SFです。

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第一章 目次に戻る

 地上からはるか遠い地の底に、広大な空間が広がっていた。
 粉塵で曇った空気を切り裂いて、天井や壁から、無数のライトの光が伸びている。
 そこらじゅうから、岩石が採掘される轟音や、巨大な運搬車両の走る音が響いていた。
 日の光のまったく届かない空間で、数多くの労働者たちが「マグナ粒子」の採掘に従事しているのだった。
 ともすれば、時間の感覚がなくなりそうになる、閉塞感のある場所だけに。壁面には、一定間隔ごとに情報ディスプレイが設置され、時間、温度、湿度といった周囲の環境や、安全管理のための注意事項を表示している。
 それらの情報は、彼らが身につけている大型の腕時計の画面にも表示されていた。
 新たな岩盤へと掘削を進めているエリアでは、「マグナドライブ」を内蔵した大型の重機たちが、巨大なアームに取りつけられたドリルを猛烈に回転させ、深い地底にしか存在しない新エネルギー資源、マグナ原石を含んだ鉱石を削り、弾き飛ばしている。
 周辺では、やや小さめの別の車両が、ホース状の装置を伸ばして、大小さまざまの破片となった岩石を吸い込み、内部の破砕装置で均等な大きさに砕き、粗い砂粒のようになったそれを、さらに別の運搬用ダンプトラックの荷台に注ぎ込んでいた。
 こうして採掘されたマグナ原石は、採掘場の別のエリアに運ばれ、精製のための処理をされて、マグナ粒子となる。一連の採掘から精製までの作業は大半が自動化されていた。
 多大な労力を要する工程は、新時代の駆動装置、マグナドライブを搭載した機械が担当しているため、採掘に従事する労働者たちが原始的な方法で岩肌と格闘することはない。
 だが。この地下深くにある日の当たらない採掘場で、完全にすべてを自動化することが難しい複数の細かい作業を、多くの労働者たちが行わなくてはならないことは、非常に厄介な問題といえた。
 前後に二つの車輪がついた縦長の踏み台部分に、ポールとハンドルが接続された、シンプルな構造のマグナ駆動ローラーボードを操りながら。イリヤは、そこだけが舗装された移動用の通路を疾走していた。
 引き締まった、それでいて逞しさも感じさせる体躯をしている。明るいブラウンの短髪が逆立ち、顔には濃いスモークの入った無骨なデザインの大きなゴーグルをつけているため、口元以外の表情は伺えなかった。
 何よりも彼の印象を強固にしているのは、身につけている独特の衣服だ。外套のように身体をすっぽりと覆う服の、胸の部分には、採掘場を管理する側……そして、それ以上に、このベリエルグという小国の支配者階層であることを意味する紋章が、大きくはっきりと刻まれていた。
 数多く稼働している重機や車両を整備する職務を担当していた労働者たちが、近くを通り過ぎるイリヤに対して、会釈をして畏敬の念を示す。
 イリヤは、そんな彼らの作業を俯瞰して、何らかの問題が生じていないかどうかを確認していった。
 見渡す限りの、広い採掘場である。全体を自動的に監視するための装置はもちろん用意されていた。
 イリヤも普段はそこでモニタリングを行っている。常時ではないにせよ、定期的に彼のような立場の人間が採掘場の見回りを行うことによって、労働者たちのモチベーションの向上や、不正の防止になるのだった。
 原石の採掘のためのエリアを離れ、しばらく移動すると、精製のためのエリアに到達する。イリヤはローラーボードを停車スペースに立てかけると、頑丈なコンクリート造りの建物のドアを開けた。
 内部では、粉砕された原石からマグナ粒子を抽出するための諸々の作業が行われている。それらを横目で見ながら、イリヤは精製エリアを管理する人間がいる場所へと向かった。
「お待ちしておりました、火曜様。本日分の納品はこちらになります」
「……ああ、確かに」
 目の前の男がテーブルに載せた、黒い樹脂製の円筒を、四本。肩に掛けた鞄から取り出した、金属製の収納ケースの蓋を開き、空洞となっているスペースにぴったりと押し込むと、蓋を閉め、鞄にしまった。
 一礼する男に小さく会釈をしてその場を離れると、表に止めてあったローラーボードを起こし、足を掛けながら無意識に「前へ進め」と思念を送った。
 腰に巻いて装着した、やや厚みのあるベルトのような「マグナデバイス」の精神感応センサーが意思に反応して、マグナエネルギーを発生させると、ローラーボード側へと空間を経由して伝達する。ローラーボード内部のマグナドライブが力強く稼働した。
 イリヤは、身体のバランスを巧みに操りながら、他の精製エリアを目指して通路を移動していった。
 他にも、複数の採掘と精製のエリアが、セットで点在している。そのすべてを、見回りを兼ねながら訪れ、その日精製されたマグナ粒子を回収するのもまた、イリヤの担当職務だった。

 ようやく、すべてのマグナ粒子のパッケージを回収し終えると、イリヤは採掘場の端、人通りの少ない箇所に設けられた隠し扉の前に立った。扉を一瞥するとすぐにロックが解除され、すばやく開閉するあいだに通り過ぎる。
 その、ベリエルグの支配者階層だけがアクセスできる専用スペースで。イリヤは、ゴーグルを外し、鞄を下ろすと、外套についた粉塵を軽く払いながら脱いで、壁のフックに引っかけた。
 上下の服を、「七曜」の一員として振る舞う際のものから、用意してあったごく一般的な労働者の服装へと手早く着替える。
 脱いだ服を、完全に自動化された洗濯装置に放り込み、布製のデイパックに、マグナ粒子の入った鞄ごと収納した。続けて、マグナデバイスに意思を送る。逆立っていた明るいブラウンの髪が、見る間に、ナチュラルな黒髪へと変化していった。
 先ほどまで採掘場を見回っていた姿とはまったく違う、ごく普通の青年といった外観を全身鏡で確認すると、イリヤはデイパックを掴み、廊下を通ってさらに奥にあるエレベーターホールに向かった。
 普段この設備を利用するのは、七曜のうちのひとり、火曜である彼がほとんどだ。地下の採掘場の側に止まっていたエレベーターは、意思に反応して扉を滑らかに開き、イリヤを乗せて閉じると、遠い地上めがけて滑るように移動を開始した。
 労働者たちが使う通常のエレベーターは従来からあるボタン制御になっているが、七曜専用の設備では、行動の迅速化のためにそうした単純なインターフェースは精神制御によって置き換えられていた。
 数十年前に発見された新技術と、新たなエネルギー源は、それを占有するベリエルグという小国の姿を大きく変貌させた。
 それまで注目されていなかった、地下の奥深くに眠っている広大な鉱床から採取される、特殊な成分と組成の岩石。マグナ鉱石と名づけられたこの岩石から抽出された粒子は、外部からある特定の刺激を加えることで物理学的な反応を起こし、質量のうちのほんのごくわずかの部分を消失する。その過程で、単なる熱や電気とは違う、純粋で柔軟なエネルギーを放出するのだ。
 俗に、小石ほどの質量の物体であっても、そのすべてをエネルギーに転換することができれば、甚大な爆発が起き、街ひとつどころか見渡す限りすべてが吹き飛ぶといわれる。
 マグナ粒子の反応は、そうした極端なものではなく、十分に制御されたものであるため、事実上の燃料電池として機能する。
 また、放出されるエネルギーの今までにない特性が、多様な利用法を発達させた。ベリエルグで動作する機械のほぼ大半は、大小さまざまのマグナドライブを使って駆動しているといっても過言ではなかった。
 しばらくすると、滑らかに動いていたエレベーターが速度を落とし、地上階に到着して停止した。ドアが開き、イリヤが外に出るとすぐに閉じた。
 その専用エレベーターの地上側出入り口は、人通りの少ないエリアに、「不可知領域」、つまりベリエルグの支配者階層の、所有する施設として立てられた建物のなかに、目立たないよう物品搬入用に偽装して作られていた。
 イリヤは、敷地内の狭い通路を通り、裏口から細い路地を経由して、何気ない風を装いながら街の雑踏に合流していった。
 不可知領域のさまざまな職務を遂行する少数精鋭の実動部隊である、七曜……そのうちのひとり、火曜としての姿と。単なるごく普通の街の住人、イリヤとしての姿を使い分けることは、彼の日常だった。
 長いこと地下の採掘場に籠もっていたために、地上の新鮮な外気が心地よく感じられる。
 夕方の大通りに出ると、この日は採掘場での労働当番を割り当てられていない労働者たちが、地上側での職務に従事し、あるいは、買い物や食事など、さまざまな用事をこなしていた。
 それだけならば、まだしもごく普通の街の光景として、不自然なことはなかっただろう。
 違うのは、街のそこかしこで、明らかに人間とは異なるシルエットの存在が、周囲を威圧するようにして動き回っていることだった。
 頭部に二つの赤い目が光るそれは、人工知能とマグナドライブによって駆動する自動機械である。民衆にマグナの力を奪われ悪用されることのないようにと不可知領域が敷設した、治安維持のための機構だった。
 民衆たちは表向き、自動機械の存在を気にしていないように振る舞っているものの。おのずと目につくその支配のための装置に対して、警戒心を抱いていないわけではなかった。
 支配者階層からの監視の目線という影が、彼らの日々の生活を絶えず覆い、暗雲として垂れ込めているのだった。
 ごく普通の街の住人にしか見えない外見に扮したイリヤは、途方もない価値がある品の入ったバックパックをざっくりと肩に掛けて歩きながら、街の賑わいを眺めていた。
 どうせ、通り道なのだ。荷物を不可知領域の本拠地まで運搬するついでに、酒場で食事を済ませるのが日課となっていた。
 特に何事もない、いつもの光景だ。イリヤは喧噪に満ちた夕刻の酒場に入ると、カウンター席の端のほうに腰掛け、彼のような客におあつらえ向けに用意された定食メニューからひとつを選んで注文した。
 料理を待ちながら、何気なく、ガラス窓から目の前の人通りを眺めているときだった。
 ふいに、すぐ隣に人の気配を感じて、イリヤは何事かと視線を上げた。
「ハァイ。こちら、空いてるかしら?」
「……ああ。どうぞ」
「それじゃご遠慮なく」
 身軽な動作で、彼の隣の席に伸びやかな肢体を滑り込ませてくる。長くてさらりとした金髪をたたえた、若い女だ。
 白を基調とした明るい色と柄の半袖のブラウスから覗く二の腕と、短いプリーツスカートからすらりと伸びたふとももの眩しさに、一瞬、思わず目を奪われそうになった。
「この店でよく見かけるわね。あなたも採掘場帰りなのかしら?」
「まぁな。ちょうどさっき終わったところだ」
「私もなのよ! まったく、お互いに大変よねぇ」
「ああ、そうだな……」
 それほど混んでもいない店内で、どういうわけか強引に隣に座り、親しげに話しかけてくる彼女の唐突な態度に、イリヤは困惑して微かに目を細めた。
 いったい、何なんだこいつは。そう思うあいだにも、目の前の女は、軽く手を上げてウエイトレスを呼び止めると、ビールの大ジョッキを二つ注文する。すぐに運ばれてきたうちのひとつを、イリヤの目の前に滑らせるように置いた。
「奢るわよ。お近づきの印に、ね」
「おいおい。いったいお前は……」
「私? フラルよ。ただのしがない労働者」
「それにしちゃあえらく強引だけどな。俺はイリヤ。同じく労働者だ」
 すでに彼女のペースに巻き込まれているのを感じながらも、イリヤはよく冷えて汗をかいたジョッキを手に取り、彼女のジョッキと軽く合わせてみせた。
 さっそくビールを勢いよくあおっている、フラルと名乗った女の意図が、まったく理解しかねる。俺の何かを知っているのか? いや……いくら何でも、そんなはずはないだろうが。

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